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僕の前に道はある 僕の後ろに轍が出来る

元サイクリストが綴る自転車や散歩を中心としたブログです。
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岐阜界隈にて

今年もとうとう師走半ば。寒いのでどっちみちロードレーサーには乗ろうとも思えないが、随分と肩の痛みが引いてきた。少し早いが、春が待ち遠しい。

転倒した日にカメラに収めた画像から、数枚を。
名古屋から、岐阜街道を通って岐阜市内まで真っ直ぐ走った、10月下旬の土曜日の風景。

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この辺りの子供は川で泳ぎを覚えたもんだ、と岐阜生まれの元上司は言っていたが、今でもそうなんだろうか。
県庁所在地の市街地にこんなに綺麗な川が流れている町は他にはないじゃないか、と思う。

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ちょうど、漁師さんが鮎漁のお仕事中。鮎というと夏のイメージだが、この季節(10月末)でも獲れるらしい。
岐阜街道は、美濃から徳川家康への鮎鮨の献上ルートであったことから、鮎鮓街道(あゆすしかいどう)と呼ばれていた。鮨といっても、保存のきく、いわゆる熟(な)れ寿司、多分私の口には合わないような気がする。

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岐阜・川原町界隈は、古い町並みが残っている。
長良川河畔とこの通りを組み合わせてポタリングコースにしている人は多いんじゃないだろうか。

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ふと目に付いた見慣れない像。
「庚申」と書かれている。申と言う文字から干支でいう猿というのがこれで少し判った。
この文字、前からたまに神社仏閣で見かけるので、少し気になっていた。
映画の寅さんシリーズで毎回必ず出てくる帝釈天参道でもこの文字を見かける。

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しらべてみると、
庚申とは干支でいう、庚(かのえ)申(さる)の日を意味し、この夜に人間の体の中にいる三尸の虫が、寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人間の行った悪行を告げ口に行く。天帝は寿命を司る神であるから、悪いことをした人に罰として寿命を縮める、だからこの夜は眠らないで、虫を抜け出せなくすると云うものらしい。
寅さんで出てくる帝釈天は、これの総本山みたいなところで、これを利用して随分と参拝客を集めたようだ。

元々仏教のものではなく、中国の道教の神様を起源としていて、密教・神道・修験道・呪術とかと組み合わさったものらしい。色んなものに神様が宿ると信じ、それを崇めつつ、色々な行事を通じて人と人とのつながりを深めてきた、いかにも日本的な信仰。

今思い出したが、その日、初めての休憩を取ったとき、後輪のクイックレバーが外れていたのに気づいた。
後輪を外した記憶は、前回、桑名まで走った時に、パンクして後タイヤのチューブがパンクした時以来無い。
知らずにそこまでの20数キロ、それどころか前回の分の片道40キロを走ってきたことに背筋が寒くなった。

ちなみに、この日は庚申ではなかったが、日ごろの行いが悪い者に寿命をつかさどる神が与えた天罰、いやそんなことも忘れていつもと同じように走っていた私に守護霊が与えた警告だと思うことにした。

安全運転と自転車に乗る前のチェック、自転車乗りの皆さんもお気をつけ下さい。

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琵琶湖を見に行きます(1)

週末はいい天気になりました。すっかり夏の陽気ですね。
輪行袋も手に入れたことだし、中仙道を行ける所まで行こうと、朝7時少し過ぎ、気温を上がらないうちに距離を稼ごうと、いつも通る美濃街道を西へ進みます。

垂井の中仙道美濃路追分です。ここから先は中山道に合流です。

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今月の初めに来たばかりの垂井宿です。そんなに古くなさそうですが、雰囲気のある旅籠。町外れから、少しずつ坂道が始まりますが、まだまだ余裕です。

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ここから先の中仙道はR21と並行しつつ、時折合流しながら、通っていて交通量の多いR21をあまり走らずに済み、いい感じで走っています。

僅かですが、松並木が残っています。この辺りは、桃配山といって、関が原の合戦の時に家康が陣を敷いた場所とのことです。その理由は、はるか昔にかの地で行われたもう一つの合戦、壬申の乱で、勝者である大海人皇子(おおあまの
おうじ)が陣を敷き、兵士に山桃を配ったという言い伝えがあり、家康は縁起を担ぎこの場所に陣を置いたとのこと。縁起担ぎは昔から勝負事には欠かせない重要なものだったんですね。

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まもなく、関が原の街に入ります。今の市街のほぼ中心にある本陣跡、その裏には大きなスダジイの巨木があります。
何年か前にも見たことがありましたが、ほとんど枯れかけていました。今は修復のために包帯でぐるぐる巻きにされています。
関が原の合戦も見てきたモノ言わぬ生き証人として、これからも大切にされていくのでしょう。

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その先、松尾という集落にある、春日神社。ここは、関ヶ原の合戦時の先鋒を務めた福島正則の陣が置かれた場所。倍以上の兵を有して布陣する西軍の宇喜多秀家と一進一退の激しい攻防戦を演じます。今やそんなことを感じさせないごく普通の住宅地になっています。

神社の境内にある月見宮大杉。幹周り5.8m、樹齢800年の巨木で、関ヶ原合戦図屏風にも描かれているそうです。

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その先、不破関跡などの資料館もありましたが、まだ空いてなさそうなので通過。
この辺りは、先に書いたもうひとつの天下分け目の戦い「壬申の乱」の激戦地でもあります。
うっそうとした薄暗い森の先にある、「自害峰の三本杉」への標識。
壬申の乱で破れ、自害した大友皇子の頭が葬られていると伝えられ、その印として植えられている三本杉です。
実はこの場所、随分前に来たことがあるのですが、なんか道が草深くなっていて一人では気味悪いので止めにしました。

渋い感じのレンガのトンネルがあるので、近づいてみると、「黒血川・・」の文字。
何の変哲もない長閑な用水路みたいな川が血に染まっていた、訳ですね。

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その先には、常盤御前の墓もありました。常盤御前は、源義朝の愛妾、つまり義経の母親ですね。東国に走った義経の行方を案じ、後を追う途上、賊に襲われて息を引き取ったと言われています。
負ける戦と知りながら石田光成との友情?から西軍に参加した大谷吉継(大谷刑部)の墓もこの辺りにありました。

交通の要害でもあったこの地は長い時代を通じ、様々な人々が通り過ぎ、あるいは戦い、非業の死を遂げた場所でもあります。

もっとゆっくり見ても良い場所かもしれませんが、暑くなる前に先へ進むことにします。
今須宿の町並みを過ぎ、再度R21と交差すると、長久寺に入ります。

ここがかの有名な「寝物語の里」です。
かつてより、一つの村の中に美濃の国と近江の国の国境線が通っていたそうです。
かつては、国境であると同時に、銀本位制と金本位制の境界線、ことばに関しても、
この辺りは今でも、西日本と東日本を分け隔てるラインになっており、「アホ」「バカ」の境界線、
薄味と濃い味の境界線、昆布だしとカツオだしの境界線、とかいろいろあるみたいですが。
いつも、忘れるのですが、この辺のコンビニで買う「どん兵衛」はどちら味なんでしょうか。

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だらだら書いてたら長くなりましたので、この辺にします。
次回は近江編です。

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初夏を告げる曳山祭り

今年の連休は飛び石で、天気も後半崩れるなんて予想だがら、という訳でもないですが、近場にクルマを走らせて出かけることにしました。

中仙道の宿場町、垂井(たるい)で曳山(山車)祭りをやっているというのをネットで見つけました。
美濃路(東海道と中山道をつなぐ脇往還)と中山道の追分(分岐点)としても古くから栄えた場所で、古い町並みや建物も残されています。



子供歌舞伎が山車の上で演じられるのは、全国でも数箇所のようです。滋賀県の長浜が有名ですね。

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3台ある山車のうち、これが一番絢爛豪華な造りです。屋根の上には、キンキラ輝く金鯱に鳳凰、欄干には螺鈿細工が施されています。巨大な仏壇って感じもしなくもないです。同じような技術なんでしょうね。

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歌舞伎だからこれも男の子ですね。
演目は「鎌倉三代記」だそうですが、要するに頼朝亡き後の政権争いを題材としたものらしいです。
スジは判りませんが、熱演は伝わってきます。これだけの台詞を覚えるだけでも大したもんです。

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巨大な曳山には縁の下の力持ちとして若い衆の力が必要です。この祭りの主役は歌舞伎を演じる子供たちに他なりませんが、方向転換が彼らの見せ場です。

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こことは違いますが、学生時代に曳山の引き手のアルバイトをしたことがあります。30年前の自分たちの姿を重ね合わせてしまいました。彼らのうち何人かも近くの町の大学生ではないかと思われます。

祭りは何といっても見るより当事者が一番愉しむもの、なんですよね。

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気持ちのよい初夏の風に吹かれて、鯉のぼりも気持ちよさそうに舞っているようでした。

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愛岐道路を通ってラーメンを食べに?

爽やかな秋晴れになった土曜日。

特に行き先は決めてませんでしたが、もう紅葉してないかなあ、と東の方向に走り始めます。
とりあえず、尾張旭市にある森林公園へ。街路樹も色付き始め、すっかり秋色の風景に変わっています。
何か催しをやっているようでしたが、敷地が広いうえ、入り口に自転車を置いて歩かなければならないので、入り口近くのコンビニで小休止にとどめます。

この先は行ったことがないので、直進します。緩やかな坂道ぞいに木々が色づいており、なかなかいい道だと思って進むと直ぐに下り、東谷山フルーツパークという名古屋市営の公園があります。

葉っぱがカエデみたいな形のプラタナス?の木が1本だけ紅葉を先取りしています。

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この辺りは、名古屋市の東北の端に当たる部分で、東谷山という山は確か名古屋市最高峰の山だったはずです。
最高峰と言っても、標高198メートル、名古屋は平らな街なんですね。

このまま帰ろうかと思ったのですが、まだ時間も早いので、定光寺まで行くことにしました。愛岐道路を通り、庄内川を上流へ進みます。交通量が多くて道路が痛んでおり、自転車ではあまり走りたくない道です。

対岸に渡るとずっと走りやすくなりました。定光寺の旧千歳楼前の橋には、紅葉目当ての中高年ハイカーがうろうろしています。これだけ名古屋に近くて、そこそこの景勝地であるにも関わらず、未だに、旧千歳楼、それから周りの建物も廃墟のまま放置されています。今の建築基準法では新たに建物を立てられないような土地なのかもしれません。

色づき始めてはいますが、紅葉と呼ぶには今ひとつです。

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調子も良かったので、さらに上流へ行くことにしました。愛岐道路に戻り、多治見まで走ることにします。
ずいぶん涼しくなってきたことだし、なぜだか、前に食べたことのあるラーメンが食べたくなってきたからです。

たまにダンプが通るので怖いですが、川沿いで景色もよく、もう少し道幅が広ければ快適な道なのに残念です。

多治見市内の土岐川の堤防道路です。こんなにいい秋空なのに、人影が全くありません。
川原で昼寝でもすると気持ち良さそうです。

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多治見市内で、中華そばの「大石家」へ向かいます。
細い路地に入ったところにあり、回りに目印も無い場所なので、場所が思い出せず、人に聞きながら、うろうろと探しているうちに午後のピーク時になってしまいました。
約30分待ち、巨大なチャーシューと久々の再会です。
写真を撮りませんでしたが、こんなオーソドックスなラーメンです。
炭水化物過剰ですが、チャーシューが多すぎるので、ライスが欲しくなります。

帰りは愛岐道路は走りたくなかったので、内津峠越えで帰ることにします。

不思議と今日はあまりお尻が痛くありませんが、70キロを越えた辺りから、膝に痛みが出始めてきました。
今日は坂道が少しあったので、この辺が今の脚力の限界でしょうか。

本日の走行距離:80.1km
平均時速:21.0km/h


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栗きんとんのルーツは...

八百津へポタリングに行った時の続きです。

八百津(やおつ)は、「」という字が示す通り、木曽川沿いの「港町」として発展した町です。

木曽ヒノキは、伊勢神宮の遷宮にも使われる木材ですが、木曽川の上流には、木曽福島、上松など、日本でも有数の木曽ヒノキの産地があり、その集積港として栄えた歴史を持つそうです。

商店街の照明灯は、山村にそぐわない船の形のオブジェがぶら下がっています。

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今では、鉄道も通らず(名鉄八百津線が2001年に廃線)、幹線道路(中仙道や国道19号)から遠く離れ、道路も行き止まり(廃道に近い国道418号)で、寂れる一方ですが、町には、栄華の名残でしょうか、白壁造りの酒蔵などが残っており、不釣合いなほど多い和菓子屋があります。

この街には、「だんじり」祭りがあり、船の形をした山車が町内を練り歩きます。
町外れにある大舩神社の祭礼なので、神社の境内には、山車をしまってある倉庫があり、ガラス越しにうっすらと見えました。4月初旬の祭礼を一度見てみたいものです。

替わりに、幹周り5mを越す?杉のご神木をカメラに収めてきました。
この木は、太いだけでなく、背が高い。拝殿裏の山には、この木以外にも杉の大木が林立しています。
(資料によれば8.8mの大杉があるようです)

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目抜き通りに戻ります。ひっそりしている土曜日の昼下がり。
数軒の和菓子屋が並んでいます。

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その中の一軒、「元祖」という言葉につられて、「緑屋」という和菓子屋に入りました。オンシーズンの栗きんとんを求めてか、数人の行列ができておりました。

カミさんは、栗きんとんが何よりの大好物なので、10個を箱詰めで買い求めました。
クルマをこの街に置いてあったこそ出来た買い物とも言えます。
1個170円。中津川の老舗に比べると、ちょっとお安めですね。

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栗きんとんといえば、中津川のほうが圧倒的にも有名ですが、こちらがルーツ、なのでしょうか?

「栗きんとん 発祥の地」でGoogle検索すると、圧倒的に中津川の記事が出てきます。

味のほうについては、私はあまりよく判らないのですが、甘さが控えめで、栗を食べているのに近いような素朴な味わいのように思えます。
和菓子を普段食べることは無いのですが、これなら私も食べられます。
4つも平らげたカミさんはご満悦でした。

秋の味覚をたっぷり味わえたような気はしました。


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