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僕の前に道はある 僕の後ろに轍が出来る

元サイクリストが綴る自転車や散歩を中心としたブログです。
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東海道を東へ(2)

前回の続きです。

岡崎市内に入ると、東海道は「27曲がり」と呼ばれるくねくね曲がったルートになります。八丁味噌蔵のある通り以外は主に道標のみで、特別に町並み保存地域があるわけでもないようですので、角の度に止まって地図を確認するのが面倒になって、直ぐにパスしてしまいましたが、この場所だけは見ておきたかったので、立ち寄りました。

岡崎信用金庫の資料館として使用されていますが、旧岡崎銀行(のちに東海銀行と合併)本店として大正6年に立てられたルネサンス様式、レンガ造りの近代建築です。東京駅を設定した辰野金吾氏の弟子である鈴木禎次氏の設計。時代を象徴する、坂の上の雲みたいな建物ですね。

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岡崎市内を抜け、藤川宿に入る所の松並木も見事に保存されています。
炎天下の中、木陰がうれしいつかの間の区間です。

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山中、本宿と名鉄名古屋本線にそってR1と旧道を交互してしばらく走ります。きつい坂ではありませんが、上り坂がしばらく続くこの辺りが愛知県内の東海道で一番標高の高い場所のようです。
関屋という交差点を右に折れると、今回のルートで唯一古い町並みが残っていると言われる旧道のエリアに入ります。
地図で目印にしていたビデオショップは跡形もなく無くなっていましたので、地名板が無ければ見失うところでした。

この後は下り坂が続くはずです。赤坂宿はポツポツと古い町並みが残っているな、と思ってスピードを緩めていたら、突然こんな建物が目に留まりました。

有名な大橋屋という旅籠です。案内版もそっけないものが置かれているだけなので、見落とす所でした。
店先の部分だけ開放されているようなので、入らせて頂きました。

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後で調べたら、この宿屋はまだ現役で使用されているようです。
また、芭蕉が宿泊し、句を読んだともいわれている創業江戸中期とされる宿、ということで驚きです。

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この宿は庶民が泊まるようないわゆる商人宿だそうです。
映画で寅さんが泊まっていた宿もこんなスタイルが多かったような気がします。
上がり框のところに置いてある火鉢が渋いですね。

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街道沿いには、ランドマークになる巨木も幾つか見られました。遠い昔から、こんな暑い日に旅人が涼を取る場所だったことでしょう。私も木陰でちょっと一服です。

左は藤川宿と元宿と間の山中(地名です)にある山中八幡宮のクス。幹周り6.6m。
中は赤坂宿にある関川神社のクス。幹周り7.3m。

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有名な御油の松並木。国の天然記念物に指定されている通り、距離が長く本数は多いのですが、密集度が低いため、木陰があまり無いので、徒歩や自転車の人にとっては有り難味が今一つです。

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けっこう古い建物とかがあったりしたのですが、暑くて下りて面倒になってくる始末です。
たぶん30度を越えているんではないでしょうか。
御油宿を過ぎた後は、特に見るべきものもないと思い、ひたすら交通量の少ない道を選んで豊橋までひた走ります。

豊橋はどこをゴールにしようかなと思ったのですが、東海道吉田宿の東入り口にあったと言われる東惣門の復元ミニチュアがあったので、これで本日のランの終わりとしました。かつてはこの門は夜間閉鎖されており、番所があったそうです。

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豊橋駅からJRで輪行。輪行袋を目の届く場所に置ける、かつ確実に座れるという条件を満たすために、普通電車を使い、ゆっくりと2時間半かけて名古屋まで帰ります。
2週続けてのせいか、暑さのせいか、先週より距離は少ないのにずっと疲れました。

本日の走行距離:80km



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東海道を東へ

夏にはちょっと早いんじゃないのという陽気が2週続きましたが、梅雨入り前の好天となると、自分の体力を忘れて走りたくなってしまいがちです。

5月の最終週の週末、今度は東方面に走ることにしました。

東海道の旧道をできるだけ走りながら、東へ行ける所まで行くという方針で7時半ごろ出発。
熱田神宮の前にある、美濃路と東海道の追分を基点として、東海道の旧道へ。
堀田の辺りで、ほんの数百mだけR1に合流した後、この先、有松宿までの名古屋市内は旧道が続いており、まだ8時なので、静かでほとんどクルマも通らず快適です。
有松の町並みも静かで人も見かけません。

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走りやすい旧道もブチブチと国道1号線(R1)に分断され、止む無く走ることになります。R1は文字通り日本の幹線道路、沿線にある幾つかの工場に向かう大型トラックが横をビュンビュンすり抜けていきます。自転車が安全に走れる道ではありません。

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知立から旧道に入ると、松並木があります。ここから安城まで、しばらくの間、R1と併走して走る旧道には、松並木が復元されている場所がけっこう有り、街道らしい風情を醸し出しています。
古い町並みや建物は見当たりませんでしたが、お寺や商店などはまだ残っていて、表の幹線道路に対して、地域に根ざした生活道路として今も大事な役割を果たしている道に違いありません。

道沿いにあった永安寺の「雲竜の松」。
地上から1.5mのところで幹が三つに分かれ、それぞれがほぼ真横に伸び、名の通り、雲の中をうねっている竜のような巨木。それにしても、なぜ上に伸びず、横にこれだけ伸びたのか、不思議な樹形です。人間が手を加えて作ったような、枝張り東西17m、南北24mの巨大な盆栽です。

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R1を走ったり、左へ右へ旧道を出たり入ったり走りながら、まもなく矢作川を渡ります。日差しがだんだん強くなってきて体から水分を奪っていきます。

岡崎に入る矢作橋のたもとに立つのは、藤吉郎と小六の出会いの像。

ともに尾張の人間なのでちょっと意外な感じがしましたが、この時点では小六の足元に秀吉が傅いています。裏社会のボス的な存在で、謎の多い蜂須賀小六という人物がなぜ、秀吉に協力する立場になっていったのかよく判りませんが、その謎がこうした伝説を生んだのでしょう。
そうそう義経と弁慶が京の三条大橋で出会った話と似てる部分がありますね。

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三河の中核都市であり、家康の町、岡崎まで来たところで、続きは次回にします。

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東海道の町並みを走る(続)

前回の続きです。

有松における絞り染めの歴史は、江戸時代初期に始まり、尾張藩からの独占権を得て、大いに栄えました。栄華の跡が今でも町並みに残されています。

一番それらしい建物が残っている場所で写真を写していると、道路の反対側でスケッチしている団体の方々がおられて、視線を感じずには居られません。

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絞りなんぞには、無縁の、うだつが上がらない私は、町並みを眺めて通り過ぎるだけです。

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いい感じの路地裏がありました。

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屋根の上に載っている変わったランプ。
クルマがずっと止まっているので、退かないかなあと思って待っていると、この建物は、現役のデイケアセンターとして使われていました。

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本当はこの先も行きたいところですが、輪行袋を持参していないので、有松の町を後にします。
渋滞で連なっているクルマを追い越しながら、国道一号線を名古屋方面に引き返します。

国道一号線の南側にあたる丘陵地は、有名な桶狭間(おけはざま)のあるところです。
いかにもアップダウンの激しそうな感じなので、これを避けて、ちょっと寄り道で、大高の町によることにしました。
ここには、桶狭間の戦いの前哨戦として使われた大高城があり、その後城下町として、江戸時代ごろから酒造りが盛んだったようです。

あまり下調べもしなかったので、JR大高駅の南から、道が狭そうな方向を目指して進みます。
古い建物はありそうでなかなか見つかりませんが、集会所らしき建物の屋根に、こんなのを見つけました。
魔よけに違いないですね。鬼瓦のうえにまたがっています。
なんだろうなと思ってしらべてみたら、こんなサイトを見つけました。
http://www.ne.jp/asahi/yuhi/kite/index.html

端午の節句で幟に飾られる鍾馗(しょうき)さん?だったんですね。
同じ名古屋市でも、地元では見たことがありません。
古い家の屋根のうえに乗っているのは、屋根神さまと呼ばれる祠です。

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ちょっと前に通過した鳴海宿にもこんなタイプのも鎮座しておられました。
今日はなぜかこんな小さなものに目が行きます。

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陽が差して暑くなってきたので、もう帰ろうかなと思った矢先に、こんな家並みが現れました。

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入り口に杉玉がぶら下がっていました。造り酒屋ですね。名古屋市内では珍しいと思います。

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この後は、またお昼前ですが、午後の暑い中を走るのは避けたいので、自宅方面に引き返します。
天白川を越えるためには、どうしても部分的に国道23号(名四国道)を通らざるを得なくなるのですが、体に悪い道ですね。自転車で走る道ではありません。もう二度と走るのはごめんです。

走行時間も、陽が差している時間もそうは長くはなかったのですが、腕が赤くなっていました。

走行距離:43キロ
走行時間:2時間44分
平均時速:16.7キロ(こんなもんでしょう)

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東海道の町並みを走る

今週もうまい具合に週末の土曜日に雨の切れ間がやってきました。
カンカン照りでも無さそうなので、今回は南のほうに出掛けることにしました。

東海道は、名古屋の宮宿から桑名宿まで海路になりますが、その宮宿から江戸方面へ走ることにします。
以前、ろくな下調べもしなかったので、東海道の旧道が判らずに引き返したことがあります。

熱田神宮の横にある美濃路との分岐点を過ぎると、東海道という標柱が何本も立っており、この辺は道を間違えることがありません。道なりに堀田まで進み、国道一号線と交差します。

さらに道なりに進むとしばらくは旧街道の面影は無いのですが、山崎川に掛かる橋を渡ると、なんとなくそれらしき道になります。これが東海道のようです。

別に古い町並みがあるわけではないですが、普通の生活道路ですので、意外にクルマがよく通ります。
名鉄の踏み切りを渡ると、まもなく笠寺観音です。
ここ尾張地方では、名古屋城を中心として四方にある四つの観音のうち、その年のラッキーな方角「恵方」にある場所が節分に賑わいます。来年はここが順番のようです。

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笠寺観音を過ぎると、旧街道の面影を残す古い建物が数軒ありますが、目に付いたのは、2軒の帽子屋さんです。いずれも作っているお宅です。
「笠」寺だけに、帽子は関係あるんでしょうか?
私はいまだにノーヘルですが。

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街のはずれに一里塚があります。立派なエノキの巨木が丘の上に立っています。
木の前の小公園のベンチで一息ついていると、地元のお兄さんが爆睡していました。暑くないかなあ。

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道なりに進むと、鳴海宿に入りますが、その手前で広い道路と交差する部分で少し道を見失いますが、今日は、ipodを持参しており、その地図を見て、東海道の場所を確認します。

鳴海宿は、東海道の宿場町だけあって、旧道沿いは今でもレトロな感じの地元の商店街が並んでおりますが、現役の生活道路であり、クルマが引っ切り無しに通りますので、そのまま通過します。いつも渋滞する国道一号線の抜け道として使われているせいでしょうね。

鳴海宿を過ぎると、まもなく有松宿に入ります。有松絞りで、有松のほうが観光地としてはすっかり有名になったのですが、正式な宿場町ではないんですね。

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長くなってきましたので続きはまたにします。

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