FC2ブログ

僕の前に道はある 僕の後ろに轍が出来る

元サイクリストが綴る自転車や散歩を中心としたブログです。
7

琵琶湖を見に行きます(3)

またまた前回の続きです。
摺針峠を短い急坂を下りきると、国道8号線(R8)に合流します。
まもなく、旧道の入り口があり、中仙道鳥居本宿に入ります。鳥居本という地名、京都の嵯峨野にもあり有名ですが、こちらは特別な観光資源もないせいか、ひっそりとしています。

ここはすでに行政区分で言えば彦根市なのですが、かつてはこの辺が彦根の中心地でした。
かつてといっても、400年以上も前の話、関が原の戦いの勝者である徳川家康の譜代である井伊直政が、敗者である石田光成の領地であったこの地にやってくる前のこと、この町は、中仙道の宿場であると同時に、佐和山城の城下町としても栄えたようです。

敗者の痕跡は勝者によって徹底的に破壊されるのが世の慣わし、佐和山城の替わりに、今の彦根城が作られ、城下町の中心も湖側へ移りました。彦根城の石垣は佐和山城のものを使っているというのは有名な話ですね。

豊臣家に対して義を貫いて破滅した石田光成、替わってこの地を治めた井伊家から、300年後、井伊直弼というある意味、幕府に対して義を貫いた人物が出てきた、というのも皮肉なものですね。
ともに評価の分かれる人物ですが、歴史の分岐点で同じような立場に置かれ、非業の死を遂げる、判官びいき、という訳でもありませんが、ともに嫌いな人物ではありません。

鳥居本宿はさすがに町が消え去ることはありませんでしたが、町の賑わいからは取り残された、のでしょう。古い昔ながらの町並みが残っており、その中でも特に目立つ、要塞のような立派なお屋敷が現れました。

140524h.jpg

このお宅は、有川家といって、「赤玉新教丸」という薬を350年も前から製造し、現在も製造・販売を続けているらしい名家です。明治天皇行幸の際の休憩所として使用された、とあるから、かつてからこの町を代表する家であったようです。公開はされていないようですが、ここだけタイムスリップしたかのように昔の店が再現されています。

140524i.jpg

赤いポストもまだ現役で、1日1回集配にくるようです。

toriimoto.jpg

140524k.jpg

R8沿いを走っている近江鉄道の駅舎、昭和初期に立てられたままのレトロな味わいの建物です。

この近江鉄道、略して近鉄、とは関西の人も言わないようですが、全国一の私鉄である近畿日本鉄道よりも歴史は古いのです。西武グループのオーナー堤氏の出身地という縁で、随分昔に西武グループの一員になっています。

私も随分と昔に一度だけ乗ったことがあります。
並行して走っているJRの2倍の料金、しかも本数も少なく遅いので、乗る必要は無いですが、あくまで話のネタにです。
車内はなぜか東京や埼玉の広告が載っていました。西武鉄道のものをそのまま持ってきて使っているんでしょうね。
ネットで見ると、今も同じみたいです。
経営努力のなか、地域の貴重な足として利用され続けています。サイクルトレインを実施しているらしいですね。

140524j.jpg

toriimoto2.jpg

ということで、琵琶湖畔にたどり着き、彦根市内をぶらぶらして帰途につきました。
潮の香りはしませんが、これだけ見ると海の景色ですね。

140524l.jpg

新しいタイプの輪行袋への詰め込みは予想外に時間が掛かりました。
説明書を見ながら約40分。どうも詰め方も下手くそでいびつな形状で自立できない有様です。
目の前で電車が出発して30分以上もホームで待つ羽目になりましたが、目一杯に体を動かした充実感がありました。

走行距離:116キロ

スポンサーサイト



4

琵琶湖を見に行きます(2)

前回の続きです。
「寝物語の里」を抜けると、近江の国です。どうってことは無い風景ですが、町並みが少し変わったことに気づきます。ベンガラ塗りの民家ですね。これを見ると、近江に来た、いわゆる西国に来た気がします。



近江に入って最初の宿場は柏原(かしわばら)宿です。ここは何度も来たことがありますが、観光化されていない落ち着いた町並みが気に入ってます。

この町で一番有名な、艾(もぐさ)やさん。この日も入り口の真正面にクルマを停められてガードされています。店先の巨大な福助人形は健在ですが、撮影禁止の張り紙と、その前に座って黙々と仕事をされている女将さん。真正面から見るのは勇気が要ります。

140524b.jpg

カメラを持ってうろうろしていると、同年代位のパトロール中の警官に声を掛けられ、しばらく立ち話をしていました。こんな長閑な町に犯罪なんてめったに起きないんでしょうね。軽い職務質問タイムです。
7時に名古屋を出てここまで走ってきたって言ったら驚いてました。この先は琵琶湖まで下りですよ、なんて言ってましたが、確かに地図で見ると、この辺りが一番標高が高いようです。(正確には中仙道を走るともう一つ峠があります)

kashiwabara.jpg

柏原を抜けると、名神高速道路沿いのラブホテル街の裏を旧街道は走っています。R21を交差すると、まもなく、醒ヶ井の町に入ります。

醒ヶ井宿は昔から水の豊かな場所として知られていたようで、湧き水と用水(地蔵川という名前が付いてます)が街道沿いを通っている、緑豊かな町並みです。予想以上の人出に驚きます。観光バスのツアーまでやってくるようです。かつては醒ヶ井といえば、(私は)養鱒場しか連想しないひっそりとした町でした。

140524d.jpg

お目当てはこの川藻です。梅花藻(ばいかも)といって、水の中に小さくて可憐な花が咲くそうです。
今は季節はずれでこのように花はありませんが、気温がぐんぐん上がるこの日、見ているだけで涼しげです。
その辺に腰掛けてぼーっと川面を眺めていたい衝動にも駆られますが、オバちゃん軍団の奇声に我に帰り、先へ進みます。

140524e.jpg

街道沿いには、昭和初期の郵便局跡。そう、近江と言えば、ヴォーリス建築です。
洋と和の折衷、レトロモダンの風がこんな静かな街にも吹いていました。
退屈そうにしていたボランティアらしき案内人のおじさんとしばらく立ち話をします。

「ちょうど、花博のころからこの町にも観光客がたくさん来るようになりましてな、伊吹山のお花畑とセットのバスツアーがぎょうさん来ます、花はもっと暑い頃がいちばんでっしゃろな」、なんてことを言ってました。
近江ことば、まったりしてていいですね。

140524f.jpg

samegai.jpg


さて、昼も近づいてきました。この先、食べる場所はしばらく無いでしょう。先へ進むことにします。十分、この先まで行けそうです。本当に大丈夫かな。

次の宿場、番場宿に進む途中に旧道を見失ってしまいますが、忠実に名神高速沿いに走るうちに復帰します。
ひっそりと落ち着いた町並みの番場宿を通過するうち、徐々に勾配が上がっていきます。

名神高速に沿ってしばらく走ります。一直線に先が見える坂道というのは辛いものですね。短いけど結構急勾配です。ロードの集団がやって来るのがずっと向こうから見えます。彼らが来なかったら引いていたかもしれません。^^;
標高200m程度しかないはずですが、それにしても坂道への堪え性が無くなってきました。

名神のトンネルが上りのピークでいったん少し下がってからまた上りです。小さな集落の中を通過したかと思うと、そこが摺針峠です。かつては琵琶湖が雄大に広がる中仙道でも指折りの景勝地だったそうですが、いまはうっすらと田んぼの向こうに僅か見えるだけです。田んぼの部分はかつての湖なのでしょう。確かに一汗かいた後に広がる雄大な景色は旅人の心を慰めるに十分なものだったでのしょうね。

140524g.jpg

なんとか琵琶湖を見る、という私の今日の目的はこれで達することができました。

道路の上にある望湖堂は、普通の民家のみたいな家です。江戸時代後期に「皇女和宮」も休憩したらしい立派な茶屋もありません。座る場所も無く、早々に峠を下ることにしました。

急な坂道をあっという間に下りきると、まもなく鳥居本宿です。

次回に続きます。

0

湖北を走ってみる

少し前ですが、ポタリングというか自転車をクルマに乗っけて小旅行に出かけました。

琵琶湖の北のはずれです。NHKの大河ドラマで人が集まっている長浜や小谷とは違って、観光スポットもなく、夏の水泳シーズンを除いては人が少ないところです。

11092301.jpg

竹生島まで一日1便の船が出る波止場です。
なんか昔、弘兼憲史の漫画「人間交差点」で冬の琵琶湖を題材にした話があって、こんな風景があったのをなぜか思い出しました。

11092305.jpg

湖畔にある宿から、マキノ高原まで自転車でブラブラと走ります。
有名なメタセイコア並木。北海道ではごく普通の風景かもしれないけど、雄大な風景です。

11092306.jpg

「新・日本の街路樹百景」にも選ばれているそうですが、本当に綺麗なのは、雪に包まれた冬と、秋の紅葉の時期とのことです。

11092308.jpg

ちょっと南にある今津の街へ。「琵琶湖就航の唄」の歌詞に出てくる町です。
この街には、有名な建築家ヴォーリズの設計した昭和初期の建物が幾つかあります。その一つ今津教会、今も現役の幼稚園です。

1109230f.jpg

帰りは、彦根によってユルキャラの「ひこにゃん」の田んぼアートを見てきました。刈り取りの1週間前、ぎりぎりセーフでした。この場所からの琵琶湖の眺めは最高です。


3

木之本宿をゆく

山本山に行った帰り道ですが、ちょっと逆方向の木ノ本という町に行ってみました。

木ノ本は、賤ケ岳の麓にある北国街道沿いのちょっとした町。以前にクルマで通り過ぎることは何度もあったが、クルマから下りて歩いたのは初めてです。

どうでもいいことですが、JRの駅名は木ノ本と書くようですが、それ以外の地名は木之本と書くようです。
駅の手前にある観光駐車場にクルマを止めて、町の中心部までブラリと歩きます。

110504a.jpg

道の突き当たりには、木之本地蔵という大きなお寺があり、そこまではなだらかな坂道の途中に、味のある商店街が並んでいます。
特に有名な観光名所的なものは無いので、観光客も少なめなのがいいです。
紅柄(べんがら)格子の家が多いですね。自然な感じで残ってます。

110504b.jpg

路地裏にサクラの巨木を発見。幹周り5mとありますのでけっこう太いです。
轡(クツワ)の森と呼ばれ、鉄道唱歌にも出てくる木だそうです。何やら秀吉にまつわる言い伝えも書かれています。

路地裏で屯していた小学生の会話から「サラダパンが(どうのこうの)」を聞き、テレビでB級グルメとして紹介されていたパンのことを思い出しました。滋賀県とまでは覚えていたが、この町だったのでした。

110504c.jpg

手持ちの観光地図を頼りによってみますが、いきなり「完売」の札が掛かっています。よっぽど観光客も買いに来るんですね。地元の人らしき親子連れが、「へえ?売り切れ」と残念そうな声を出していました。
何処にでもありそうな手作りパン屋さんです。

ちなみにサラダパンとは、たくあんのマヨネーズ和えをはさんだパンのことです。

110504d.jpg
110504e.jpg

杉玉がぶら下がっている酒屋さんです。この他にも、何軒か造り酒屋さん、それに醤油屋さんが街道沿いに並んでます。どの家もうだつ(家と家の間の防火壁)が上がっていました。今も昔もなんとなく豊かそうな町です。

110504f.jpg

現役の薬局の隣に古い看板が残されていました。野ざらしにしておいて劣化してしまうのが心配な年代モノの薬の看板です。浅田飴と中将湯だけ判りました。戦前、昭和初期のものなのでしょうか。

110504g.jpg

木之本地蔵は、蛙が守り神になっている眼病にご利益のあるお寺だそうです。お地蔵さんというのでお寺かと思いきや、神社のように清めの手洗い所があります。

身代わり蛙というのを売っていたので手ごろな大きさなので土産物のつもりで買ってしまいました。ところが、よくよく観ると、蛙のおなかに名前を書いて奉納するためのものだそうで、最近眼が疲れるうえに調子がよくないので、名前を書いてお地蔵様の足元に置いてきました。置く場所にも苦労する位、膨大な数の蛙の置物です。

木之本の町外れにある日帰り温泉施設「北近江リゾート」で一汗流して仮眠を取りました。この温泉はスーパー銭湯よりは少し高めで、お風呂はまあまあでしたが、風呂上りに喉を潤そうと思ったのですが、自販機が全く設置されてないのは少し驚きました。

大河ドラマの影響で、すぐ近くにある小谷城址、それから帰りに通過した長浜の町はけっこうな人出でしたが、その周りは渋滞も無く、帰りも高速を使わなかったので普段どおりの時間で帰宅でき、程よい疲れに浸った連休の一日でした。

2

綿向山~竜王山を縦走

24日の土曜日、自転車とは離れて、今年初めての軽登山に出かけてきた。
場所は滋賀県にある綿向(わたむき)山、ガイドブックによるとファミリー向けの登り易い山とあるので、今年の登り始めとしては手ごろだろうということで選んだ。

6時半に自宅をクルマで出発。こんな早い時間というのに東名阪は渋滞している。もはやこの渋滞は慢性化しているようだ。初めて通る第二名神の甲賀石山ICを下りる。ETCの休日割引で950円也。

天気予報によれば、この週末は好天に恵まれるようだが、この辺りの天気は思わしくない。それにかなり寒い。8:34西明寺にある駐車場を出発。すでに5台ほどの車が停まっている。

雨こそ降らないが、なかなか暖かくならない。今回選んだのは登山コースの中で最もポピューラーな表参道コースと呼ばれる道だ。その名の通り、古くから山岳信仰の山として地元では親しまれている山だそうだ。

10042401.jpg

そのせいか、登山道は驚くほど整備されている。大きな岩や木の根が露出しているような、足を滑らせるような場所が無いばかりか、ほとんどの箇所でごく自然な感じで砂利が敷かれているように路面
が固められている。登山道というより遊歩道と言ったほうがよいかもしれない。

10042403.jpg

1合目毎に標高が上がるたび、規則正しく同じ形式の標識が立っており、標高と頂上までの距離まで示されている親切設計である。

10042402.jpg

全く疲れを感じないまま、淡々と標高を稼いでいく。5合目で初めて視界が開けた。こじんまりとしているが、中に掘りごたつと蜜柑でも置いてありそうな小屋がある。

小屋の前からは湖東平野が一望できる。表面に見える三角の山はおそらく近江富士の三上山だろう。

その向こうにあるうっすらとした線はおそらく琵琶湖だと思う。晴れていればその向こうに比良の山並みが見えることだろう。湖東平野の一部だけ晴れているように見える。
いや方角的には、草津や守山などの方向の湖南平野というべきか。

小休止のあと、さらに標高を稼ぐが、同じような感じで淡々と歩くまま、歩き始めて丁度2時間程で、山頂へ。汗をややかいているが風邪が冷たいので、防寒具代わりの雨具を着たままである。

10042404.jpg

山頂からの展望は予想通り鈴鹿の山並みの展望台になっていた。雨乞岳と鎌ケ岳が真正面に見える。雨乞の山頂辺りにある白いものは雪なのだろうか。晴れていれば、伊勢湾まで見えるらしいが、この季節ではそこまで期待できない。

展望がよい=吹きさらし状態の場所なので、風邪が冷たく寒い。汗ばんだ体が一気に冷えてくる。早かったが、コンビニで買った弁当を急いで食べ、先へ急ぐことにする。こんな時こそコンロが欲しくなる。

10:30に山頂を後にし、先の竜王山までの縦走路へ。この道は国土地理院のサイトの2万5千分の1地図には記載されていなかったので、新しい道なのかもしれないが、麓にあった登山地図の看板にもあったので、迷いやすいとか危ないという道でもあるまい、と標識にそって歩きはじめる。

縦走路らしい尾根伝いの下り気味の道だと思っていたのは、最初だけだった。いきなり急な下りが始まり、高度を下げたかと思うと、なだらかな登り、その繰り返しで展望の利く場所はあまりないうちに、大きな送電線の鉄塔が見えてきた。鉄塔があるので、頂上は芝生が植えられて整備されている。頂上に違いないと思ったのだが、何も標識が無い。それどころか何の標柱も無い。道を間違えたかとも思ったが、「登山道」とだけ記された標識があるので間違うはずもない。

10042405.jpg

ようやくたどり着いた先の鉄塔ピークよりも標高の低い小高い丘の頂上が竜王山だった。竜王山の頂上は展望もあまり開けない。訪れる人も少ないようで、縦走路でも1人しかすれ違わなかった。

尾根の急坂を淡々と下りるうちに、これまでなんとも無かった左ひざが悲鳴を上げ始めた。最近、けっこう自転車で走るようにはしているのだが、自転車と登山では使う筋肉が違うようだ。最近、山登りをしていると、登りの時は苦しいには苦しいが、以前とあまり変化を感じないが、下りのときのほうが大きく苦痛を伴うことが多くなってきた。

若い頃は下りは跳ねるようにステップを切りながら駆け下りたものだが、それが出来なくなってきた。これは危険なので、邪道であるが、それがしたくてもできない、その振動に膝が耐えられなくなってきたということである。それどころか普通に下りるのが辛い、登るより下るほうが辛い、これはサイクリングと逆である。

10042406.jpg

ともあれだましだまし膝をかばいながら登山口へ。そこから先がけっこう長かった。「ようこそ西明寺へ」の文字の花壇?がある。つつじか何か咲くのだろうか、それにしてはその気配が無い。道沿いのアジサイの木?も昨年の枯れた花が放置されていて物悲しかった。

登山靴で舗装路を歩くのはやけに距離が長く感じる。約30分後に駐車場へ。スタートから丁度5時間である。

帰りは、約20km離れた日帰り温泉の「蒲生野の湯」で汗を流して仮眠をとった後、R8~R21経由で2時間半かけて名古屋へ帰った。

山の後の温泉は格別である。酒を飲める人ならこの後のビールはもっと格別なのだろう。

今年初めての登山だったが、明日は筋肉痛に見舞われることは間違いなさそうだ。

標識が規則的に経っていたので珍しくコースタイムを記録してみた。

8:34 駐車場 ~ 8:50 登山口 ~ 9:14 2合目 ~ 9:23 3合目 ~ 9:35 4合目 ~ 9:46 5合目 ~ 9:55 6合目 ~ 10:01 7合目 ~ 10:12 8合目 ~ 10:23 9合目 ~ 10:31 綿向山山頂 ~ 10:51 出発 ~ 11:43 標高917峰 ~ 12:02 オンバノフトコロ ~ 12:06 送電線鉄塔ピーク ~ 12:18 竜王山山頂 ~ 12:30 千畳平 ~ 12:52 竜王山登山口 ~ 13:32 駐車場

該当の記事は見つかりませんでした。