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僕の前に道はある 僕の後ろに轍が出来る

元サイクリストが綴る自転車や散歩を中心としたブログです。
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知多半島の真ん中をポタポタ走る

前回の続きです。

知多半島の付け根にある武豊(たけとよ)にクルマをデポし、味噌蔵を見学した後は、海岸線に沿って南下します。

明らかに海岸の突堤道路の跡も最初のうちは工場が見えるだけの場所です。
途中に、最近話題になった「メガソーラーたけとよ」(中電の作った巨大な太陽電池です)なんて施設もありますが、見学できるわけでもなく(予約すればできるみたいですね)、外から見えるわけでもないので、通過します。

やっとこさ海が見えました。
曇ってますが、知多半島の先っぽまで見渡せます。暑くも無く寒くも無く、いい気候です。
この先しばらくは車がほとんど通らないビーチ沿いの道です。

堤防道路に入る前は、何人ものサイクリストと通り過ぎたり、追い抜かれたりするんですが、堤防道路では、不思議と一人のサイクリストとも出会いません。せっかくの快適ロードなのに勿体無い気がするんですが、
でこぼこしてロードには走りにくいからでしょうね。

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河和駅の手前で少し早めの昼食をとったあとは、しばらく海岸から離れます。
峠と呼ぶほどではない僅かな坂道を超えて、伊勢湾側へ向かいます。たいそうにいえば、知多半島横断です。

途中に、おなじみ「えびせんべいの里」。
名古屋のもうひとつの名産、えびせんべいの製造直売店、知ってはいましたが、来たのは初めてです。

試食品が種類毎に並んでおり、食べ放題。食事直後にも関わらず、各種まんべんなく食べてしまいました。

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坂道を下ると、上野間の集落へ。半農半漁とでもいうのでしょうか、立派そうなお宅が多い、落ち着いた町並みです。
この先、50mほどでもう海岸線です。

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今は潮干狩りのシーズンなんですね。この辺の相場は、大人1300円のようです。

緑のじゅうたん。一見芝生のように見えますが、アオサです。
アオサ自体悪者ではないのですが、生態系のバランスが崩れて多くなりすぎてしまった。
たぶん、潮干狩りのアサリとかも死んでしまうんでしょうね。
さすがにこのエリアは空いていました。

それでもって、地元の人が大陸から輸入したのを撒き、都会から来た人たちがお金を出して掘り出す。
レジャーだと思えば、別に変でもないですが。

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小鈴谷という集落には、盛田酒造があります。いわずと知れた、SONYの創業者、盛田さんの実家です。
世界のSONYは愛知の酒屋さんが出資して支えた訳ですね。
我々世代は、スカイセンサー、ウォークマン、、、とお世話になったSONYブランド、ぜひとも復活して欲しいですね。

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小鈴谷で、再び東方向に取って返し、坂道を越えると、そのまま真っ直ぐ武豊に戻ります。

武豊には、もうひとつ、見るところがありました。
愛知県で初めて(東海道線より古い)の鉄道である武豊線の終点であった武豊港駅にあった、
「転車台」というものです。つまり、貨車を方向転換させるための装置ですね。この上に乗せた貨車を90度回転させて、別の線路に送り出すことにより、短い線路で方向転換ができたってことのようです。

面白かったのは、説明版に書かれていた文章で、この設備は土砂か何かに埋まっていて、つい最近(平成10年)に子供が発見して、それから国の文化財にまでなったということ。駅が廃止されたのだってそんなに古い話ではない。まるで昔埋めたタイムカプセルを掘り出したような感覚ですね。

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本日の走行距離:29.2キロ
走行時間:2:10
平均時速:13.3キロ(なんて遅いんだ)


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味噌蔵のある町を往く

早くも2つの台風が日本列島にやってきた6月。
台風が湿気を拭い去ってくれたせいか、涼しげな週末、久々にクルマに自転車を乗っけて知多半島まで行ってきました。

知多半島の先端は去年に走ったので、今回は真ん中の部分をぐるりと回ることにします。

知多中央道を武豊ICで下りて、武豊港の適当な場所にクルマを停めます。
愛知県人でない人は、たけゆたかと読むかもしれませんが、ただしくは「たけとよ」という地名です。

武豊は、市にもなっていない小さな港町ですが、味噌・たまりで有名な町、かつては、関東の銚子、関西の竜野と並ぶ「三大醸郷」と言われたようです。現在でもその当時からの伝統・製法を守っている味噌蔵が数多く残っています。

中心部の南にある里中という地区に、古い味噌蔵がいくつか残っています。
入り組んだ路地で、地図を持ってうろうろしていたら、親切なお兄さんが同じ方向だからと近くまで連れて行ってくれました。

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味噌樽の蓋?底板?で作ったと思われる看板が目に止まったので、写真を写していると、たまたま通りかかったおばさん、いやこの会社の奥様に、「見ていかれますか?」と声を掛けられました。
なかなか無い機会なので、見せていただくことにしました。

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この店は、江戸時代の安政年間創業の老舗で、国産大豆だけを使い、昔ながらの製法を守っているそうです。
木製の樽は今も現役で使われているもので、味噌は基本的に3年間熟成させるとのことです。
(大手メーカーの下請けのようなこともなさっているそうですが、その分は2年間だそうです)
写真では見えませんが、樽の上には、たくさんの石が積み上げられています。年数を経るごとに沈みこんでいくのでしょうね。

天井は通気性を良くするために、網状になっています。
明治?大正?時代の建物らしいですが、柱の筋交いは、昭和19年の三河地震のときに入れた補強だそうです。

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樽は竹の皮で組み上げられています。移動させる時にフォークリフトを使うことが多くなってから、直ぐに切れてしまうので、最近は鉄の輪を嵌めているそうですが、強い塩分のため、直ぐに錆びて切れてしまうと話されていました。

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次に「たまり」を作っている工場を案内して貰いました。
樽に漬け込んで熟成させるまでの工程は、味噌と同じみたいです。
樽から出した味噌(の手前のもの)を布に挟んで、この機械で、絞りとったものが、「たまり」になります。

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搾り取ったかすは、いわゆる産廃として、飼料などにするしかないそうです。昔はお金を貰って引き取って貰っていたそうですが、今はお金を払わないと引き取って貰えないと話されてました。人件費が上がったせいなのか、飼料の原料が変わってきたせいなのかはよく判りません。

また、今回の東北大震災に際して、この店では、現地に味噌を支援物資として、提供したそうです。
(放射能に対して味噌汁が効能があるという学説があるそうですね)

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「たまり」という言葉から、「味噌」を作った時にできる上澄みのように思っていたのですが、絞って作る別物だったのですね。
また、「醤油」との違いは、大雑把にいうと、製法はほほ同じで、「味噌」「たまり」が豆が原料であるのに対し、小麦を混ぜて作るという違いだそうです。(「たまり」が最も使われているのは東海地方のようですね。)

そんなことも知らないのと一笑されそうですが、いい勉強をさせて貰いました。
ポタリングの途中だったので、「たまり」のビンを持ち帰るわけにもいかず、丁重にお礼を言って失礼させていただきました。

大変優しそうな伊藤商店の女将さん、どうも有難うございました。

長くなってきましたので、本日はこの辺で終わりにします。

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続)知多半島先端部ポタ

知多半島の西海岸は、言わずと知れた愛知県の海水浴場のメッカ。

山海(やまみ)海岸、内海海岸、と白砂の海辺が続く海岸線です。
自転車で走っていても気持ちの良い道が続きます。たまに海岸を見て休みながら、ゆっくりと北上します。

やはり海沿いの半島は、左側通行の日本では、時計回りに回るのが正解です。

内海の街は、何度も来たことがあるのですが、海水浴場しか知りません。
国道から何気に路地裏を入ると、本日公開中の看板が出ているので、近づいてみると、「尾州廻船内海船船主内田佐七家」とある。どこで区切ってよいのか判らない長い漢字だが、説明をみると、中世のころ、この辺りは伊勢湾海上交通の拠点のようなところだったとのことです。常滑なんかよりこっちのほうが栄えていたんでしょうね。
入場料300円とあったので、入るのはやめにして、古い黒壁や土蔵の旧家を外から見るだけにしときました。

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その近くに伊勢湾台風のときの水位を示す表示板がでてました。
だいたい大人の胸位の高さでしょうか。津波も心配な場所柄ですね。

まだ2時前なので、ここから輪行して帰るのは早すぎます。常滑まで走ることにしました。

内海をすぎると、知らぬ間に海から遠ざかってしまいました。たぶん国道のバイパスに入ってしまい単調な道の走りに飽きてきたのか、久々に走ったせいか疲れ気味になってきました。

坂道が少なそうな道を選んで、海岸沿いに出ます。今まで走った道がバイパスになっているせいか、交通量が少なくなっています。やっと常滑の新空港島が見えてきました。こうしてみると、意外に陸から遠いように見えます。こんな金のかかる空港をあちこちに作って採算は取れるんでしょうか。

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ちんたら走っていると、後ろから、ピンク色の高そうなスポルティフ(今時のクロスバイクでないセンタープルブレーキ、マットガード付きの細身タイヤ)に乗った私より上と思われる年代のおじさんが軽やかに私を抜き去っていきました。
競争する気は無かったのですが、信号待ちで追いつき、また抜かされ、しているうちに常滑に着きました。

まだ3時前だったので、少し常滑の町をぶらつくことにしました。
急な坂を駆け上がっていくと、そこは偶然にも常滑で一番有名な観光スポット、土管坂の前でした。
人が多いので、写真を写すのも大変です。土管坂は避けて、その横の路地裏の急坂を通り抜けていこうとした時、行く手に一匹の猫がたたずんでおり、目が合ってしまいました。しばらく、お見合いをしていましたが、後ろからきた観光客の声に、逃げていってしまいました。
その先にも、気持ち良さそうに寝そべっている猫を見かけました。常滑の路地裏は猫が似合います。

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常滑駅近くの道路沿いに手招きをしてる猫に見送られながら、常滑の町を後にしました。

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帰りは、名鉄の特急で新名古屋まで。1700頃着。休日なら意外にこの時間でも輪行袋を担いで歩いても大丈夫そうです。

本日の走行距離:約48km



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知多半島先端部ポタ

久々の書き込みです。

自転車に乗るのも久しぶりの好天の週末。知多半島の先っぽを走ってきました。
名古屋から往復する元気はないので、名鉄電車で河和線の終点の河和まで輪行です。

行き先を決めたのは前日の寝る直前なので、帰りは何処まで走るか決めないまま、とにかく電車に乗ります。
シーズンオフなので、海など電車にのっていく奴はさほど居ないのか、急行電車でも肩身の狭い思いはしなくてもOKのようです。

河和駅で組立て。少し走り出してから、ブレーキのアーチをはめ忘れたのに気づきます。おまけに距離計が動きません。
どうやら、輪行で下敷き状態になっているので、壊れてしまったようです。

海沿いを走っている国道247を避けて、突堤にそった道をのんびりと走ります。海の色も信じられないほど綺麗に見えます。
少し路面が荒れているのが難点ですが。

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突堤沿いの道がなくなるまで走った後、仕方なしに国道を走ります。ロードのお兄さんたちが気合を入れて走っているのを横目に、ちんたらと走っているうちに師崎に着きます。

師崎は、知多半島先端にある港町です。昼時なので、食事をしようとさ迷いますが、なんか観光客向けの高そうな店ばかりが目に付きます。町の中をうろうろして、路地裏に入っていると、人がたくさん集まっているようです。どうやら、ちょうど秋祭りの日らしく、縁日の屋台も出ています。

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「師」という文字の入った半被をはおった若い衆が誇らしげに歩いています。まだ田舎ではこういう元気な若者が居るのを見ると安心します。
神社は無いのですが、路地の一番奥に、華やかに飾りつけられた神輿というか、港町なんで船の形をした山車?があります。たぶん祭りのピークには海の中に入るのでしょう。

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そのうちに食事をするところが見つからなくなり、止む無くフェリー乗り場前の食堂に入ります。
「しらす丼」という文字につられて注文したのですが、ご飯の上に、普通に売っている、いわゆるちりめんじゃこと醤油で甘辛く煮たそれが載っている丼が出てきました。しらす丼=生のしらすというわけではないことがわかりました。

フェリー乗り場の横が知多半島最先端です。
日間賀島とか篠島がすぐ先に見えます。暑くもなく寒くも無く丁度いい日和で、こんなところで昼寝すると気持ち良さそうです。

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長くなってしまったので、この辺で。

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