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僕の前に道はある 僕の後ろに轍が出来る

元サイクリストが綴る自転車や散歩を中心としたブログです。
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名古屋にSLが走る日

NHKの全国ニュースでも紹介されておりましたが、2/16・17の両日に実施される、SLの試験走行、たくさんのギャラリーに混じって、小雪の舞散る寒空の中に出掛けてきました。

最初は、名古屋の鉄ちゃんが良く集まる向野橋へ向かいます。
2本目の走行に向けて、30分ほど前に付いたのですが、すでに行列ができてます。
100名限り?の整理券が配られており、後残り3人という、ぎりぎりの状態でなんとか2本目を待ちます。

しかし、橋の上には上がれたものの、あおなみ線の通過位置からは随分と離れており、障害物だらけのうえ、普段使い慣れない連写で撮影したため、まともな写真が取れないまま、あっという間に通過です。

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もうこのまま帰ろうかと思ったのですが、カミさんが納得いかないようなので、昼食を食べて3本目の走行に再チャレンジです。
今度は、前のほうに陣取ることはできそうですが、あと1時間待つのはキツイので、ほかの場所を偵察に出掛けます。

おびただしい数の監視員が立っており、ちょっとやりすぎじゃないかと思ったりしますが、マナーを守れない人もいるんでしょうね。

あおなみ線の線路脇に道路があり、多くの撮り鉄さんが並んでいるのが見えます。
この場所で3本目を待つことにします。
待っている間、すぐ西側にある黄金陸橋へ行って見ましたが、警備員が立っていて、途中で立ち止まらないように監視しています。

日が翳って、ぱらりと雪が舞い降りてきたりしましたが、なんとか撮影しました。
最も近づいた場所に鉄塔が重なってしまいましたのが残念でしたが。

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今度はいつ走るのでしょうか。
実際の線路を走っているのを見るのはおそらく初めてだと思うので、鉄道マニアならずともその勇姿に少なからず感動しました。


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久々に見た路面電車

農業センターに行った帰り道、すぐ近くにある赤池の「レトロ電車館」へ行ってきました。
名古屋市交通局の赤池工場の隣にあります。
ここでは、懐かしい名古屋市内の市電を見ることが出来ます。

入り口にあるのは、トンネル工事に使うシールドマシンのモニュメントです。
トンネルを掘るというと、ジェットモグラ(サンダーバード2号の胴体に搭載されている黄色いのです)のような機械を連想しますが、こんな機械で掘るんですね。

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入り口にドンと置いてあるのが、1400型という木造の車両です。
たぶん私の記憶に残っている市電はこのタイプのものだと思います。
昭和40年代、市電が廃止される時まで走っていた車両です。

文字通り、チンチン、チンチンという発車のベル音を立てて、家の近所を長閑なスピードで走っていましたね。
あのころはまだ時代もスローに流れていたんでしょうね。

名古屋祭りの時期には、ド派手な電飾で彩られた「花電車」を見るのが楽しみでした。

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アナログなコックピットの作り。作りがシンプルで頑丈そうですね。

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昭和37年当時の料金表です。

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数字は開通した順番に振られた数字です。
この路線図沿いがかつて栄えていた通り、地域ということになります。
今の地下鉄の路線と微妙に違うことが判ります。
私の実家のあたりは、市電が無くなった後に急速に寂れていったような気がします。

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なんとなく地図を見ていたら、名古屋駅前の上に駅のようなものがあるのに気づきました。
こんなところに市電が走っていた記憶がありません。単なる地図の作成ミスなのか、車庫か何かでしょうか?
今度いく機会があったら、覚えていれば職員に聞いてみることにしよう。

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懐かしい夜行列車の旅

前回の記事の続きです。
夜行列車、といっても、いわゆるブルートレインといったような寝台列車ではありません。

鉄道ファンではありませんので、専門的なことは知らないため、いい加減なことを言っていたらどうかご容赦ください。

新幹線が並んでいる横に、幾つかの懐かしい車両が展示してあります。名古屋近辺では、JRの列車というとこの色のイメージが強かったですね。オレンジと緑、湘南カラーというらしいですね。
これはクモハ165型としてありました。山岳用車両と書いてありましたので、同じ色でも都市近郊用のとは違うみたいですね。

学生時代から、社会人になり立てのころ、この列車にのってよく信州方面に、山登りや輪行ランで出掛けたものです。
たしか、「急行ちくま」だったと思います。ずいぶん前に信州方面の夜行列車はなくなってしまいました。
それとよく乗った「急行きそ」と同じ型の車両は今回の展示では見当たりませんでした。



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当時はあまりタバコを吸いませんでしたが、灰皿がデフォルトでついているのが、妙に懐かしさを覚えます。
空いてさえいれば、座席の間に輪行袋を立てて、座席に横になって寝る、ってのが定番でした。



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ろくに眠れなかったけど、こんな狭い座席に丸くなって眠ったっけなあ。そのあとに朝から山登りや峠越え、今では考えられませんが、夜行列車って時間を有効に使えて宿泊費も浮くんで、貧乏旅には便利だったんですけどね。
人の通る足音さえ気にならなければ、通路で寝たほうが絶対に快適です。


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こんなのも、今では珍しいものになってしまいました。



貧乏旅で特急を使うことは少なかったのですが、「しなの」っていうと、L特急と当時言われたこのタイプのものを思い出します。スピードを重視して、振り子のようにブンブンと揺れるので、混んでいて松本名古屋間立ちっぱなしで乗ったことがありましたが、もどす寸前に辛かったですね。

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さすがにここまで古い世代の列車ははっきりとした記憶がありませんが、もしかすると、70年代の後半ごろ、田舎のローカル線で出くわしたかもしれません。

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こういう場所って、子供より大人のほうが必死で見てたりしてますね。

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ジオラマは名古屋を凝縮したものです。思わず自宅がどの辺か探していました。
夕暮れの風景です。

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鉄道ファンならずとも、結構楽しめる施設ですね。
またいつか行ってみたいです。展示物を定期的に替えてくれるともっとうれしいですが。

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リニア鉄道館で

日曜日に初めて行ってきたリニア鉄道館のことを書きます。

オープンしてからもうすぐ1年。日曜日でも並ばずに十分に見られました。
入り口にいきなり現れるのが、SLのC62、その横にリニア新幹線です。
鉄道に詳しくない自分でも、D51とC62位は知っています。
C62って当時の世界最高速だったんですね。そして今はこのリニア新幹線が世界一。

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2027年の開業、ということですが、その時に生きていたとしても、時間節約して東京に出掛ける必要性はそのときにはたぶん無く、むしろ各駅停車に乗って出掛けるほうが贅沢な旅だと思っていますので、乗る可能性は非常に少ないような気がします。
移動のためというよりも、ニッポンが技術立国として生きるために必要、なんでしょうね。
いやいや、いつの日の技術革新もこうした必要不可欠でないものが当たり前になっていく過程なのかもしれません。

車内は2列になっている他は普通の新幹線とあまり変わりません。

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このリニア新幹線、どのようなルートを通るのか判りませんが、昨年の秋ごろ、自宅にも環境アセスメント説明会の案内ビラが投函されていました。
2011年秋の発表によれば、「駅ホームは、既存の中央コンコースや名古屋市営地下鉄桜通線に沿った東西方向に設ける」そうです。中央本線沿いに名古屋に入ってくるので、春日井方面から名古屋駅に、そう急なカーブは切れないことを考えると、名古屋城の南辺りを通過、桜通りに添うように名古屋駅の正面口に達することになり、これから建設するJRの新ビルの地下深く、しかもタワーズの基礎杭をすり抜けて通す訳ですね。大変な土木工事が予想されます。

ルート予想をしている人がいます。面白そうですね。
http://chizuz.com/map/map24791.html
たぶん自宅の地下は通らなさそうでちょっと安心。

横道にそれました。
リニア鉄道館は、リニアの展示だけがテーマではありません。
目玉は、各地からかき集めてきた新旧の新幹線車両、往年の在来線や急行、特急の車両の展示です。

でも、やはり一番人気は、0系の新幹線です。
1964年の開業当時のモデルの前には、写真撮影をする人が途絶えることがありません。
当時は技術の粋を極めたモダンなデザインも、年々流線型でシャープな形になっていく車両に比べ、改めて見ると、アナログ的で愛嬌のある風貌に見えます。
明らかにリニアより、往時を懐かしむ年代層を中心に人気を集めていました。

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いまだにお目に掛かったことはありませんが、これがうわさのドクターイエローですか。

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次回もう少し書きます。

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伊吹山周辺ポタ

前から走ってみようと思っていた伊吹山の麓に、セメント工場貨物線の廃線跡がサイクリングコースになっていることを知り、梅雨に入ったばかりとは思えない爽やかな好天の週末に出掛けた。

JR近江長岡駅の北西にある景勝地、三島池にあるレジャー施設の駐車場に車を止め、10:20スタート。
伊吹山から一旦離れ、緩やかな下りでJR近江長岡駅へ。ガードを潜り、セメント工場の前を曲がって道なりに進む。



地図で見ると、山沿いに道が通じていてR21に合流することになっている。予想通り、車が全く通らない快適な道である。いちおう舗装はされているが、倒木やら折れた枝葉やらが堆積していて若干荒れた道だが、木々で覆われて涼しく林道のような趣きのいい道だ。

そんな道もやがてR21に合流してしまい、しばらくの間、R21を走る。この辺りは名神高速と並行している部分で、数件のラブホテルが並んでいる。その横の道から中山道に入ることができる。



そのまま東に向かって走ると、程なく柏原宿へ。今まで幾度か訪れているが、近江独特の紅柄格子の民家が自然に残っている静かな町並みが美しい。以前に比べて新築された家が多く感じたり、屋号のような立て札が何処の家にも付いていたり、観光に来る人が増えたのだろう。

この宿場で最も有名なのは、この看板とこの家の玄関先に座っている人形に間違いない。



あまりにも有名になりすぎたのだろう、窓には「撮影禁止」の貼り紙が。カメラを持ってうろうろしていたら、家から出てきた店主らしき人に睨まれた。自分の家をじろじろ見られたうえ、シャッターで写真をバチバチ撮られたら決して気分の良いものではないのは判るので、有名な人形は目で見させて頂くだけに留めた。

お金を取っているわけではないので、ガラス越しにでも見せているだけでも感謝すべきなのだろう。
この伊吹堂というもぐさ屋のことは、司馬遼太郎さんが「街道をいく」で書かれているので知ったのだが、当時の賑わいぶりは大層なものだったらしい。また、この店主がもぐさを宣伝するために吉原(遊郭)通いをし、歌を歌って自分の店の名を広めたという。これが、日本初のCMソングではないか、といったようなことが書かれてあった。



もぐさ屋の向かいの家も良い感じの建物である。杉玉がぶら下げてあるので、元々は酒屋だったのだろう。今は「やいと塾」という看板があったが、お灸の方法を教えているのだろうか?

日差しはやや強いが風があるので涼しく、自転車で走るには快適な日である。殆どが平坦だったので、汗もほとんどかいていない。

ぶらぶらしているうちに、昼近くなったので、町外れの休憩所のような広場に腰を下ろして弁当を食べた。旧中山道には、地元の人と数人のハイカー以外、ほとんど人は歩いておらず、時間が止まっているような、のどかな昼下がりの時間だった。

柏原宿からは、JR東海道線の蛇行に添うように北へ向かい、近江長岡の方向へ走ると、伊吹山が姿を現し始めた。
こからが問題である。



今回の目的である廃線跡サイクリングロードは、米原市のホームページを見ても道路の存在は広報しているが、地図の記載が全くないのである。当然、MAPIONなどの地図にも鉄道すら道路すら載っていない。あまけに、前日突然、プリンタが壊れて地図の印刷ができなくなった。手持ちの地図は手書きのメモだけだ。それらしき方向に進むと、あっけなく、レンガ色に舗装された自転車専用道が現れたが、どうも方向がおかしい。

時間が十分あるので、迷っても大丈夫と思って走っていると、道は蛇行し、自転車道は一旦終わってしまったかと思うと、突然としてまた現れる。どうも、この辺一帯、田んぼの一本道がサイクリングロードとして整備されているらしいが、どうも判りにくい。しかし、景色は最高で、自転車専用道路でなくても車はほとんど通らないので快適だ。僅かな上り坂だが、蛇行しているので全く苦にならない程度だ。



やがて、偶然にもたどり着いた道の前方に、電柱が何本も立っている景色が見えてきて、廃線跡だということが確認できた。どこからが起点なのかさっぱり判らない。^^;

それにしても長閑な風景だ。道を尋ねようにも人が全く居ない。歩いていない。車の音もなく、ただ、田んぼやら麦畑の上を初夏の風が吹き抜けていく音だけが聞こえる。

前方にはセメント工場に山肌を削られているものの、伊吹山が美しい。伊吹山は自分の中学、高校と校歌に出てくる山でありなじみ深い。



道端に廃材とおぼしき鉄が野積みにされている。近づいてよくよく見れば、何と鉄道のレールである。この鉄の値段が上がっているというのに何と大らかなことか。しかし、この道がそもそも車が入れないうえに、この長さではそうそう簡単に持ち出せまい、と納得。



R365の下を潜るトンネルである。道は僅かに登っている程度で苦しい坂道ではない。



温泉施設のあるジョイ伊吹の横がこの自転車専用道路の終点になっている。道はそのまま住友セメントの工場に続いている。

かつては駅もなかったであろうに、休憩所としてプラットホームの上にベンチが設けられている。

なかなかこんなに整備された自転車道路はなかなか見つからない。ちょっと短かすぎて観光資源としては今ひとつかもしれないが、米原市は、もっと宣伝すれば、もう少し人が集まるように思うのだが。余計なお世話だろうか。

時間はまだ1時を回ったばかりであったので、ベンチでしばらく休んだあと、車を停めてある三島池に引き返した。

今日は「ほたる祭り」とかで、この辺りの川に沢山居る蛍を観察するイベントがあるらしい。とはいえ、日没まであと5時間余り、この町で過ごすのはちょっと難しいと考えてしまう私は、やはり都会人なのだろうか。

でも今日のコースはなかなか充実していてお奨めコースである。もう少し距離を伸ばして琵琶湖まで走っても良かったかもしれない。

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