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僕の前に道はある 僕の後ろに轍が出来る

元サイクリストが綴る自転車や散歩を中心としたブログです。
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下町の風景~名古屋市西区

まだ、自転車で遠出はできないので、近所の徘徊編の続きです。

名古屋駅近辺は結構、古い建物や町並みが残っていたりしたのですが、これから先、駅前のビル立替~リニアの開通と目まぐるしく変わっていくことは間違いなさそうです。未だ残っているうちに、残り少ない下町の風景にカメラを向けてみます。

明道町(めいどうちょう)という交差点の一角に残っているスポットです。
この近辺は、かつて、菓子問屋が軒を連ね、近郊近在からたくさんの菓子屋さんが駄菓子を仕入れに来た所です。
中には、一人でやっている駄菓子屋のお婆さんが、ブリキ製の缶に一杯の荷物を担いで商品を仕入れていく姿をもじって、「カンカン部隊」という言葉もあったようです。

今でも、駄菓子の問屋やメーカー、その関連の包装商品を扱う店が残っています。





名古屋高速が上を通るようになり、町が暗くなってしまったような気もします。
「嫁入り袋菓子専門店」とありますが、こういう地域特有の風習もだんだん無くなってきました。
子供の頃は、近所で嫁入りがあったときはもちろんのこと、たまたま遊んでいた場所で、全然知らない家の人から、嫁入りのお菓子を貰うなんてことも有ったりしましたが、いまはそんなことはしないんでしょうね。



かつての商いの中心地だった駄菓子問屋の市場。
同じような建物が大通りを挟んだ反対側にもありましたが、10年ほど前にボヤ騒ぎがあり、それを機に取り壊されてしまい、衰退が一気に進んだような気がします。

何ヶ月か前通った時は、まだ営業に使われていましたが、この日はシャッターが下りているのに二階の窓は開いたまま、もう廃屋状態なんでしょうか。



先にも触れましたが、この地区は駄菓子メーカーが多いことはあまり知られていないかもしれません。
かつてCMでよく流れたシトロンソーダや黒飴などを作っている春日井製菓、クッピーラムネのカクダイ製菓、フーセンガムのマルカワ、松永のしるこサンド(これは名古屋だけか)などなど。

この辺の菓子問屋では、懐かしい駄菓子を大人買いすることもできます。
駄菓子屋はなくなりましたが、今はコンビニでそのパッケージを見かけることが多くなり、ホッとしています。

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春風に吹かれてサイクリングロードポタ

サクラはまだ咲いていないようですが、天気も良く暖かそうなので、市内をポタリングでぐるっと回ることにしました。

とりあえず天白区のはずれにある農業センターまで向かうことにします。
名古屋の東方面はあまり出掛けることが無いので、飯田街道を一本外れただけで方向を見失ってしまい、遠回りしたうえに、余分な坂道を上って一汗搔いてしまいます。

農業センターのしだれ梅はピークを過ぎて、しぼみ始めていましたが、まだこんな感じで咲いてます。

「梅は咲いたか、サクラはまだかいな...」
まさに、今はそんな時期ですね。いや、今日辺りはもう咲いているのかな。

芸妓さんや舞妓さんの小唄で唄われるこの歌詞、私とは全く無縁の世界なので、その意味がよく判りませんが、ただの「季節の花を風流に愛でる歌」というだけではないようですね。

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帰り道は、ちょっと遠回りして、天白川沿いを走ってみます。
この辺は長年名古屋に住んでいますが、一度も来た事のないエリアです。

川沿いにサクラ並木がありますが、まったく開花の気配はありません。

しかし、体に当たる風はもう冬のものではありません。春を実感できる風になってきたことが判ります。

堤防道路に遊歩道兼サイクリングロードとおぼしき道が続いています。
ちょっと路面はロードには厳しい部分もありますが、いや、スピードを出して乗る道ではないです。

しかし、この道、ちょっとくせ者です。川に掛かっている橋に差し掛かるたびに、道が分断され、進行方面にわたることができません。

渡るためには、100mほど離れた信号まで行かないと分離帯を越せないようになっています。歩行者は柵をまたいで渡れなくもないですが、自転車が渡れないように厳重に柵で塞いであります。
信号を作る必要はないと思いますが、それほど交通量の多い道とも思えず、横断歩道を作って通せばよいような気がします。
交通事故があったんでしょうね。でも、ちょっと過剰対応に思えなくもないです。私の住んでいるエリアのほうが交通量はよっぽど多いですが、こんな場所でこんな柵はあまり見かけません。

川の大きさも違いますが、走り慣れた庄内川・矢田川水系のほうが道としては格段に整備されてますね。

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橋の度に、遠回りしたり、担いだり、ダートになったりするので、走るのが嫌になってしまい、堤防道路から外れることにしました。
最後は以前走ったことのある旧東海道~美濃路に沿って帰途につきます。

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今日も黄砂が舞っているんでしょうね。晴れていても空がぼやっとしています。
途中までマスクをしていましたが、暑くなってきて外してしまいました。



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東海道の町並みを走る(続)

前回の続きです。

有松における絞り染めの歴史は、江戸時代初期に始まり、尾張藩からの独占権を得て、大いに栄えました。栄華の跡が今でも町並みに残されています。

一番それらしい建物が残っている場所で写真を写していると、道路の反対側でスケッチしている団体の方々がおられて、視線を感じずには居られません。

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絞りなんぞには、無縁の、うだつが上がらない私は、町並みを眺めて通り過ぎるだけです。

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いい感じの路地裏がありました。

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屋根の上に載っている変わったランプ。
クルマがずっと止まっているので、退かないかなあと思って待っていると、この建物は、現役のデイケアセンターとして使われていました。

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本当はこの先も行きたいところですが、輪行袋を持参していないので、有松の町を後にします。
渋滞で連なっているクルマを追い越しながら、国道一号線を名古屋方面に引き返します。

国道一号線の南側にあたる丘陵地は、有名な桶狭間(おけはざま)のあるところです。
いかにもアップダウンの激しそうな感じなので、これを避けて、ちょっと寄り道で、大高の町によることにしました。
ここには、桶狭間の戦いの前哨戦として使われた大高城があり、その後城下町として、江戸時代ごろから酒造りが盛んだったようです。

あまり下調べもしなかったので、JR大高駅の南から、道が狭そうな方向を目指して進みます。
古い建物はありそうでなかなか見つかりませんが、集会所らしき建物の屋根に、こんなのを見つけました。
魔よけに違いないですね。鬼瓦のうえにまたがっています。
なんだろうなと思ってしらべてみたら、こんなサイトを見つけました。
http://www.ne.jp/asahi/yuhi/kite/index.html

端午の節句で幟に飾られる鍾馗(しょうき)さん?だったんですね。
同じ名古屋市でも、地元では見たことがありません。
古い家の屋根のうえに乗っているのは、屋根神さまと呼ばれる祠です。

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ちょっと前に通過した鳴海宿にもこんなタイプのも鎮座しておられました。
今日はなぜかこんな小さなものに目が行きます。

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陽が差して暑くなってきたので、もう帰ろうかなと思った矢先に、こんな家並みが現れました。

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入り口に杉玉がぶら下がっていました。造り酒屋ですね。名古屋市内では珍しいと思います。

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この後は、またお昼前ですが、午後の暑い中を走るのは避けたいので、自宅方面に引き返します。
天白川を越えるためには、どうしても部分的に国道23号(名四国道)を通らざるを得なくなるのですが、体に悪い道ですね。自転車で走る道ではありません。もう二度と走るのはごめんです。

走行時間も、陽が差している時間もそうは長くはなかったのですが、腕が赤くなっていました。

走行距離:43キロ
走行時間:2時間44分
平均時速:16.7キロ(こんなもんでしょう)

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東海道の町並みを走る

今週もうまい具合に週末の土曜日に雨の切れ間がやってきました。
カンカン照りでも無さそうなので、今回は南のほうに出掛けることにしました。

東海道は、名古屋の宮宿から桑名宿まで海路になりますが、その宮宿から江戸方面へ走ることにします。
以前、ろくな下調べもしなかったので、東海道の旧道が判らずに引き返したことがあります。

熱田神宮の横にある美濃路との分岐点を過ぎると、東海道という標柱が何本も立っており、この辺は道を間違えることがありません。道なりに堀田まで進み、国道一号線と交差します。

さらに道なりに進むとしばらくは旧街道の面影は無いのですが、山崎川に掛かる橋を渡ると、なんとなくそれらしき道になります。これが東海道のようです。

別に古い町並みがあるわけではないですが、普通の生活道路ですので、意外にクルマがよく通ります。
名鉄の踏み切りを渡ると、まもなく笠寺観音です。
ここ尾張地方では、名古屋城を中心として四方にある四つの観音のうち、その年のラッキーな方角「恵方」にある場所が節分に賑わいます。来年はここが順番のようです。

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笠寺観音を過ぎると、旧街道の面影を残す古い建物が数軒ありますが、目に付いたのは、2軒の帽子屋さんです。いずれも作っているお宅です。
「笠」寺だけに、帽子は関係あるんでしょうか?
私はいまだにノーヘルですが。

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街のはずれに一里塚があります。立派なエノキの巨木が丘の上に立っています。
木の前の小公園のベンチで一息ついていると、地元のお兄さんが爆睡していました。暑くないかなあ。

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道なりに進むと、鳴海宿に入りますが、その手前で広い道路と交差する部分で少し道を見失いますが、今日は、ipodを持参しており、その地図を見て、東海道の場所を確認します。

鳴海宿は、東海道の宿場町だけあって、旧道沿いは今でもレトロな感じの地元の商店街が並んでおりますが、現役の生活道路であり、クルマが引っ切り無しに通りますので、そのまま通過します。いつも渋滞する国道一号線の抜け道として使われているせいでしょうね。

鳴海宿を過ぎると、まもなく有松宿に入ります。有松絞りで、有松のほうが観光地としてはすっかり有名になったのですが、正式な宿場町ではないんですね。

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長くなってきましたので続きはまたにします。

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久々に見た路面電車

農業センターに行った帰り道、すぐ近くにある赤池の「レトロ電車館」へ行ってきました。
名古屋市交通局の赤池工場の隣にあります。
ここでは、懐かしい名古屋市内の市電を見ることが出来ます。

入り口にあるのは、トンネル工事に使うシールドマシンのモニュメントです。
トンネルを掘るというと、ジェットモグラ(サンダーバード2号の胴体に搭載されている黄色いのです)のような機械を連想しますが、こんな機械で掘るんですね。

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入り口にドンと置いてあるのが、1400型という木造の車両です。
たぶん私の記憶に残っている市電はこのタイプのものだと思います。
昭和40年代、市電が廃止される時まで走っていた車両です。

文字通り、チンチン、チンチンという発車のベル音を立てて、家の近所を長閑なスピードで走っていましたね。
あのころはまだ時代もスローに流れていたんでしょうね。

名古屋祭りの時期には、ド派手な電飾で彩られた「花電車」を見るのが楽しみでした。

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アナログなコックピットの作り。作りがシンプルで頑丈そうですね。

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昭和37年当時の料金表です。

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数字は開通した順番に振られた数字です。
この路線図沿いがかつて栄えていた通り、地域ということになります。
今の地下鉄の路線と微妙に違うことが判ります。
私の実家のあたりは、市電が無くなった後に急速に寂れていったような気がします。

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なんとなく地図を見ていたら、名古屋駅前の上に駅のようなものがあるのに気づきました。
こんなところに市電が走っていた記憶がありません。単なる地図の作成ミスなのか、車庫か何かでしょうか?
今度いく機会があったら、覚えていれば職員に聞いてみることにしよう。

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