僕の前に道はある 僕の後ろに轍が出来る

元サイクリストが綴る自転車や散歩を中心としたブログです。

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美濃路を歩く(3)

美濃路を歩き始めて4日目。まだ3分の1位か、少しペースが遅すぎるが、昔の人は1日に何キロ歩いたのだろう。AM10:17名鉄奥田駅を出発。雲行きが怪しいと思っていたら、歩き始めて間もなく雨が落ちてきた。

この辺りは特に旧街道の跡が明確に残っている訳でもなく、田んぼの中の道を凡その方向に向かって歩く。
秀吉の家臣であった長束正家邸跡があるらしいが、見つけることができなかった。元々長束正家は、加藤清正などの武断派(いわゆる体育会系)と対立した、会計に強い官吏派と言われた家臣の一人で、秀吉が近江に領地を貰ってから登用したと思っていたため、近江出身と思っていたので稲沢の出身と言われてもピンとこない。

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裸祭りで有名な国府宮神社の鳥居(写真上:本殿はここから随分と北の方向)を過ぎ、稲葉宿に向かう。空は真っ暗で本格的な降り具合だが、あいにく雨宿りする場所もない。
少し早いのだが、稲沢市の中心部にある稲葉宿に入ったころ、適当な喫茶店で昼食兼雨宿りをする。

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稲沢市は、国府宮神社の地名にあるように、律令時代は尾張の首都(国府)が置かれていた町である。美濃路も江戸時代になって開かれた道ではなく、古くから人の往来が盛んだった道をベースにして整備されたものだろう。

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稲葉宿は思ったよりも昔の町並みが整備されており、資料館の類こそ無かったが、本陣跡や古くからの商家、昭和初期と思われる洋館などレトロな町並みが残っている。あまり見かけなくなった円柱型の郵便ポストも健在である。(写真上)

稲葉宿を過ぎると、道は再び旧街道の面影を無くして消失する。道もはっきりしていないので、凡その方向で推測して進む。尾張中央道を渡って、なんとなく方向に向かっていると、神社やら寺のある旧家の並ぶ道に戻る。住所が知らぬ間に一宮市になっている。雨は相変わらず強くは無いが降り続けている。

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この辺りはけっこう大きな百姓家が多い。(百姓というのは今はテレビとかでは使えないらしいが確かに言い方や使い方によっては侮蔑語になる)
幾つ目なのか判らなくなってしまったが、高木一里塚跡があった。
小さな木が植えられていたが、これが元の榎の木ではあるまい。
その横にあった掲示板に「入村御披露」という新たに入った住民の紹介をしているという張り紙を見つけた。(写真上)
おそらくこの地域に新たに入居する人は、実家がすぐ近くとかの地縁のあるケースが多いんではないかと思う。都会には無い様々な近所付合いがあるのだろうなと勝手に推測してみる。

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少し民家の密度が高くなってきたかと思ったら、萩原の集落に近づいてきたようだ。萩原は一宮駅で名鉄名古屋本線から分岐している名鉄尾西線が通っている。踏切を渡ると萩原の商店街が現れた。(写真上)
田舎の商店街によくあるのが、まず入り口の貧相な「ようこそxxへ」とか書かれたアーチをくぐると、店の名前の入った変な飾りのついた大きな街灯、それに年中咲き乱れている造花、よくあるピンクやら青やらの色を取り混ぜたプラスチックの造花がぶら下がっているあれである。
見事に3つの要素を満たしており、雨のせいか人通りも全くなく寒々しくてより哀愁を漂わせるに十分であった。

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今日はここまでと決めていたので、萩原駅に向かう。この駅前の広場が昭和20年代か30年代から変わっていないのではないかという風景であった。(写真上)
自転車預り場?になっている平屋の木造の建物には、おそらく屋根神さまらしき祠が祀ってある。その向こうにはもう動いていない工場の煙突、駅前に開いている店など一軒も無い。懐かしいような、なぜか寂寥感があふれて来るような感じの風景、とまでは言いすぎかもしれない。

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駅から少し離れた喫茶店で休憩してから、PM4:00すぎに名鉄尾西線を経由して帰途についた。
(写真上:これはたまたま商店街で見つけた店であるが、おそらく趣味で飾られていると思うが、何の商売をしておられるのか全く判らなかった。)

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